全国漬物探訪

各地で伝え育まれてきた漬物を訪ね歩く

東海漬物

第52回 栃木県

取材時期:令和6年8月

日光市周辺で古くから栽培されている❝日光唐辛子❞は、細長く表面がシワシワとしており、爽やかな辛みが特徴の夏の味である。日光唐辛子をていねいに❝しそ❞で巻いた塩漬けは、日光みやげとして古くから親しまれてきた。そんな歴史ある漬物を守り、かつ進化させ、次世代へつなごうと奮闘する作り手の取り組みを追った。また、意外と知られていない栃木県の漬物や多彩な食文化についても専門家に話を聞いてみた。

江戸時代から伝わる『日光唐辛子のしそ巻き漬け』。
ほぼ当時のレシピで作っているため塩分は強め。食べるときは塩抜きを忘れずに。

江戸時代から続く日光みやげ

 『日光唐辛子のしそ巻き漬け』は、男体山の山開きや、日光東照宮のお参りに訪れた人が買って帰る、日持ちがして軽く、日光らしいおみやげとして、江戸時代には既に流通していたという。東海道中膝栗毛で知られる十返舎一九(じゅっぺんしゃいっく)が日光を訪れた際の道中記に「こゝの名物、紫蘇巻きの唐辛子、つくばねとやらをかって、近所への土産にいたそう」という一文が登場する。(つくばねとは、山の岩石地に多い落葉半寄生低木のことと思われる)

 このように歴史のある特産品『日光唐辛子のしそ巻き漬け』を製造・販売しているのが、世界遺産を構成する文化財のひとつ『神橋(しんきょう)』の近くに店舗を構える『油源』だ。代表の落合良美さんにお話をうかがった。

 「当店は、江戸安政6年、初代油屋源七が菓子供物商として日光山輪王寺に出入りを許されて以来、代々みやげ物として、しそ巻き漬け唐辛子、羊羹などを製造販売してきました」4年程前に父の代から家業を受け継ぐ以前から、食に関わるお仕事をしていた良美さん。当時から地元の市場で食材選びをする際には、季節(旬)、産地などにこだわってきた。

 歴史あるしそ巻き漬け唐辛子を継承し、自分の代で更に進化させたいと、使用する原料の野菜からこだわろうと考えた。しかし一時期は日光唐辛子の種が手に入りにくく、市場から消えかけたと思われた。「これは自分でどうにかするしかない」と、知り合いの伝手を頼り、種起こしをしてもらい、日光唐辛子を栽培してくれる農家さんを探すところから始めたという。

十返舎一九の道中記にも登場する

十返舎一九の道中記にも登場する

左/『神橋』近くに店舗を構える『油源』<br />
右/歴史を感じさせる木箱の文字は、現在の商品ラベルにも使われている

左/『神橋』近くに店舗を構える『油源』
右/歴史を感じさせる木箱の文字は、現在の商品ラベルにも使われている

希少な日光唐辛子を守り育てる

 油源の専務取締役  落合剛さんの案内で、契約農家のひとり、上吉原(かみよしはら)明さんの畑におじゃました。日光唐辛子は、元々水田だった土地を畑にした3アールほどの地植えと、ハウスを合わせて今年は400本ほど栽培しており、シーズンを通じて約500kg程度収穫しているという。
 日光唐辛子は水はけのよい畑を好む。苗から栽培することもあるが、種まきをする場合は4月初旬から行い、5月に定植する。7月から8月が収穫の最盛期である。

 上手に調整すれば10月まで収穫できることもあるが、最近では気候の関係か、収穫時期が早まる傾向があるという。雨に弱く、カメムシやカミキリムシが樹液を吸ったり、炭そ病にかかるとすぐにダメになってしまう。今年は特にカメムシが多く、気が抜けないそうだ。
 「収穫は一本一本手で行います。しそ巻き漬け唐辛子用にはできるだけ大きく育ち、やわらかく状態のよいものを使いたいので、元成り(茎の根に近い方に、初めになった実)だけを選びます。刺激が強いから、唐辛子を触った手でうっかり目をこすると大変なことになるんですよ」と上吉原さん。漬物にする以外では、刻んで味噌とあえたり、しょうゆ漬けにして薬味として食べたりするそうだ。

 「自然の作物なので収穫にはどうしても波がありますが、しそ巻き漬け唐辛子を待ってくれている人がいるので、一生懸命作っています」と語ってくれた上吉原さん。歴史ある日光の特産品を次世代につなぐひとりだ。

元気に実をつけた日光唐辛子の畑

元気に実をつけた日光唐辛子の畑

上段左/虫に樹液を吸われると、実の一部が変色してしまう<br />
上段右/できるだけ大きく、やわらかく育ったものを使う<br />
下段左/上吉原明さん。収穫は実の状態を見ながら一本一本手で行う

上段左/虫に樹液を吸われると、実の一部が変色してしまう
上段右/できるだけ大きく、やわらかく育ったものを使う
下段左/上吉原明さん。収穫は実の状態を見ながら一本一本手で行う

自然農法で愛情いっぱいに育てられた、しそ

 続いて、しそを栽培している加藤恵子さんの畑を案内していただいた。加藤さんは農家に生まれ、ご自身も子育て等でお休みしながらも20代から農業に従事し、ずっと無農薬にこだわった野菜づくりに取り組んできた。平成19年には一般社団法人MOA自然農法文化事業団が定めるMOA認定を受け、除草剤も化学肥料も使わずに、しそ巻き用の大葉(しそ)の他、きゅうりやなす、里芋など様々な野菜作りを自然農法で行っている。
 「今まで赤じそは作ってきましたが、青じそは油源さんに依頼されて今年初めて作ったんですよ」と加藤さん。約8アールの畑で、3月から種まきを始めて5月末くらいから収穫が始まり、8月中旬時点で5千枚ほど収穫したそうだ。

虫がついたら手で取るが、カエルも虫を食べてくれるそうだ

虫がついたら手で取るが、カエルも虫を食べてくれるそうだ

 日当たり、水はけ、風通しに気をつける、といった育て方の要領は赤じそと同じだが、しそ巻き漬け唐辛子用には手のひらサイズ(約20cmほど)の大きな葉が求められるため、その点は試行錯誤したという。「しそは種が小さいので、間隔を空けて植えたつもりでも一か所に複数の種がこぼれてしまい、結果的にかなり密集した状態で育ちました。来年は本数を少なくしたり、芯を止めたりして、より大きくしっかりとした葉が収穫できるよう工夫したいと思っています」と意欲を見せる。

 「何しろ今年から始めたものですから」と前置きしつつ、青じそは葉が終わったら今度はしその実(穂)を収穫し、自家採種して来年に備える予定だという。「種をまいて、発芽して、野菜がぐんぐん伸びる姿を見るのが好きなんです。しそは香りもいいので、育てるのが楽しいですね」と笑う加藤さん。楽しみながら野菜づくりをする気持ちに応えてくれているかのように、畑の植物たちはのびのびと葉を広げている。

左/しそ巻き漬けには、手のひらサイズの大きさが必要<br />
右/背丈が大きく、みっしりと葉を茂らせる青じそ

左/しそ巻き漬けには、手のひらサイズの大きさが必要
右/背丈が大きく、みっしりと葉を茂らせる青じそ

「野菜を育てるのが大好き」と笑う、加藤恵子さん

「野菜を育てるのが大好き」と笑う、加藤恵子さん

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原料は唐辛子としそと塩のみ。素材と漬け具合が決め手

 実際に、良美さんに『日光唐辛子のしそ巻き漬け』を作っていただいた。しそは夏場に収穫したものを塩漬けするが、しそ巻き漬けの製造は通年行うため、一年間もたせる必要があり塩分濃度は高めだ。あらかじめサイズを揃え、大きなものを重ねて10枚程度束ねたものをまず塩水で洗ってから扇状に広げて最低2カ月間、塩漬けする。しそ巻きを作る際には一度塩抜きをして、固く絞ってから使う。
 大きめの葉を2枚広げ、あん(詰め物)として別の小さめの葉(別途塩漬けしておく)を敷き、別に最低1年以上塩漬けしておいた日光唐辛子のタネを抜いて(タネは辛いため)タテに割いたものを三切れ(唐辛子1本半分)のせ、端からくるくるとできるだけ隙間なくキッチリと巻いたら完成。

上段左/しその大きさを揃え、束ねるための道具は手作り。工夫が光る<br />
上段右/塩漬けのしそを広げ、あん(詰め物)となる小さな葉をのせる<br />
下段左/塩漬けした日光唐辛子のタネを取り、タテふたつに割く<br />
下段右/割いた唐辛子を三切れのせたしそを、端から隙間なく巻いていく

上段左/しその大きさを揃え、束ねるための道具は手作り。工夫が光る
上段右/塩漬けのしそを広げ、あん(詰め物)となる小さな葉をのせる
下段左/塩漬けした日光唐辛子のタネを取り、タテふたつに割く
下段右/割いた唐辛子を三切れのせたしそを、端から隙間なく巻いていく

 日光唐辛子は辛みが強いため、1年以上かけて塩漬けすることで辛みがやわらぎ味がまるくなるといい、3年程漬けたものが美味しいとのこと。出来上がりの製品の1本の大きさは、太さ約1cm、長さ約20cmほど。作り方がシンプルなだけに、素材のよしあしが仕上がりの味を決めるため、良美さんは国産のしそと唐辛子を使うことにこだわっている。

 年間約100kgほど製造し、現在は『油源』店頭と、日光の道の駅で販売している。
 出来上がった『日光唐辛子のしそ巻き漬け』は、そのままではとても塩辛いため、流水で塩抜きし、細かく刻んで食べる。白いごはんとともに、おにぎりに、またチャーハンや冷ややっこの薬味として、たまごかけごはんやお肉にも合う。

上段左/赤く熟した日光唐辛子は、辛味が増す<br />
上段右/塩漬けした状態の日光唐辛子<br />
下段左/炊き立てのご飯はもちろん、冷ややっこなど色々な料理に合う

上段左/赤く熟した日光唐辛子は、辛味が増す
上段右/塩漬けした状態の日光唐辛子
下段左/炊き立てのご飯はもちろん、冷ややっこなど色々な料理に合う

歴史ある日光の味を次世代につなぐ

 良美さんは、家業を継ぐ以前は駅弁製造等に携わっていたが、「野菜が好き」という思いは一貫しているとのこと。「野菜が好きすぎて、ベジタブル&フルーツマイスター(現在の名称は野菜ソムリエ)資格を取得しました。『日光唐辛子のしそ巻き漬け』がシンプルな漬物だからこそ、素材にこだわりたいんです。当店でも以前は他県から取り寄せた原料も使っていましたが、今後は地元産の野菜にこだわりたいですね。しそは青じそ(大葉)と赤じその両方を使っていますが、日光産の漬物用の赤じそを見つけたので、種起こしをして来年からはそちらも使おうと思っているんですよ。常にベストな野菜を探しています」
 野菜の調達は複数の農家さんと契約しているが、改善できることは依頼しつつも、買い取りを保証するなど、農家さんとの信頼関係も大切にしているという。

 「継いだばかりの頃は、唐辛子の発注量を間違えて、大量の唐辛子を前に途方にくれたこともあるんですよ」と笑う。そんな失敗にもくじけることなく、持ち前の前向きな性格で、試行錯誤しながらしそ巻き漬け唐辛子を進化させてきた。
 「この3〜4年、安心・安全な商品づくりを徹底することに必死でしたが、今後は、この地には日光唐辛子があり、それを使ったしそ巻き漬け唐辛子がある。そしてその美味しさを広く伝える、ということに注力したいですね。江戸時代から伝わる漬物を、ほぼ当時と同じレシピで作り続けること、文化をこの先につないでいくことが私の使命だと思っています」

歴史を継承しながらも進化を続ける『日光唐辛子のしそ巻き漬け』

歴史を継承しながらも進化を続ける『日光唐辛子のしそ巻き漬け』

「今後は皆さんに広く伝えていきたい」と夢を語る落合良美さん

「今後は皆さんに広く伝えていきたい」と夢を語る落合良美さん

関東と東北が交わる、多様な食文化の栃木県

 栃木県の食文化は、これといった特徴が少ないと思われがちだが、『日光唐辛子のしそ巻き漬け』以外にも、意外と知られていない身近な野菜を使った漬物文化や郷土料理がある。
 宇都宮市出身で民俗学、生活文化全般が専門の栃木県立博物館学芸部長の篠﨑茂雄さんに、栃木県の食文化は地理や気候風土とどのような関わりがあるのか、お話をうかがった。
 「行事と漬物の関係では、冬至と❝ゆず巻き大根❞が挙げられます」と篠﨑さん。❝ゆず巻き大根❞は、地域や家庭によって料理方法は異なるが、千切りにしたゆずを大根で巻いてよく乾かし、甘酢に漬けたもの。宇都宮市上河内地区や茂木町はゆずの産地で、冬至に漬けた❝ゆず巻き大根❞や❝ゆずの味噌漬け、砂糖漬け❞等をお正月や節分に食べると病気を遠ざけると言われ、また寒い時期に体をあたためるご馳走として食べられるそうだ。
 ゆず巻き大根は、埼玉県の郷土料理としても知られているが、栃木県の食文化は近隣の埼玉県や福島県、茨城県等と共通する傾向もあるのだろうか。
 「同じ栃木県でも、南北で大きく異なります。北の方の地域では会津をはじめ東北地方との関わりが強いですし、宇都宮は日光街道や奥州街道が通っていますから江戸とのつながりが深い。那珂川や鬼怒川といった川沿いに文化が伝わったり、東西には太平洋側の茨城や日本海側とも通じていて、様々な文化が交わる場所なんです」

 気候的には、りんごも採れれば、みかんやゆずなどの柑橘類も採れる。平均的な地域ではあるものの、『夏暑く、冬は寒い』寒暖差があることから、塩味が強い、味の濃い食べ物が好まれる傾向があるようだ。また内陸に位置するため、冷凍技術が発達していない時代、手に入る魚等の海産物は塩漬けにされたものだったことも、❝塩からい、濃いめの❞味が食べられてきた所以だという。(郷土料理❝しもつかれ❞に使われるのも塩鮭である)

左/栃木県立博物館<br />
右/同学芸部長の篠﨑茂雄さん

左/栃木県立博物館
右/同学芸部長の篠﨑茂雄さん

街道沿い、川沿いに文化が伝達されてきた

街道沿い、川沿いに文化が伝達されてきた

身近な野菜や食材から生まれた漬物文化

 「漬物については、しょうゆ漬けやたまり漬けが多いですが、元々は小麦や大豆の産地であることから、昔は家庭でしょうゆや味噌がよく作られ、味噌の副産物である「たまり」を利用して、たまり漬けも良く作られたのだと思います」
 たまり漬けはらっきょうがポピュラーだが、らっきょう以外でも大根など根菜類を中心に、地元で採れた野菜で作られる。現在では味噌を作る家庭も減ったが、「たまり」を使った漬物が文化として根付いているのだという。
 塩からい味を好む栃木県民は漬物も好みそうに思えるが、データでみると、宇都宮市では「だいこん漬け」「はくさい漬け」は購入金額、数量ともに全国平均を下回る(※1)。
 一方、47都道府県における農業産出額ランキング(※2)では、野菜において栃木県は8位である。ゆず巻き大根しかり、身近に野菜が豊富にあることから『漬物は家で作って食べるもの』という意識が自然と定着しているのかもしれない。

 ほかの食文化の特徴として、県の南側ではうどん、北側ではそばが好まれ、その境界線ははっきりとは分かれていない。また小腹が空いた時のファストフード的な感覚でソース焼きそば(佐野市、栃木市辺りではじゃがいも入り焼きそばがある)が食べられるほか、ハムカツやイモフライ、ゆで卵にもソースをかけるなど、しょうゆの食文化がある一方でソース味も好まれるそうだ。栃木の方々が好む食事のお話を聞いていると、関東と東北など様々な文化圏が混在しているのが印象深い。

 「栃木県はよく❝特徴がない❞と言われます。歴史的には強大な藩がなく、小さな藩がたくさんあったことで地域としての個性が乏しかったのだと思います。しかし日光をはじめとする歴史遺産や自然遺産、イチゴやかんぴょうなどの農産物、佐野ラーメンや宇都宮餃子といった食文化、さらには結城紬や益子焼などの伝統工芸品、各地の祭礼など、優れた資源がたくさんあります。栃木県の魅力をもっと多くの方に知っていただき、好きになってほしいですね」

 

 

<参考文献>
(※1)総務省統計局家計調査(二人以上の世帯)品目別都道府県庁所在市及び都道府県庁所在市以外の政令指定都市ランキング(2021年(令和3年)〜2023年(令和5年)平均)より
(※2)農林水産省令和4年生産農業所得統計より

「栃木は、魅力あふれる県なんです」という篠﨑茂雄さん

「栃木は、魅力あふれる県なんです」という篠﨑茂雄さん

※取材記事は漬物文化の啓発活動であり、販売目的ではございません。
そのため、連絡先の掲載は差し控えさせていただいておりますこと、ご理解並びにご了承くださいませ。

※掲載内容は取材時の情報です。

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