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全国各地で伝統野菜が見直されるようになり、長野県でも平成19年度から「信州伝統野菜認定制度」を創設。そのなかにある野沢菜・稲核菜・
「松本市を中心にした広い地域で、戦後までは稲核菜が人気でした。野沢菜のほうが背丈も大きく、同じ広さの畑で3割以上多く収穫できるので、しだいに野沢菜に変わっていったようです。でも稲核菜は葉とカブの両方が利用できて、味がいいんですよ」
そう話すのは、道の駅「
長野県松本市安曇稲核(旧南安曇郡安曇村稲核)は、野麦街道の重要な宿場街として発展。およそ300年前に、飛騨から野麦峠を経て稲核に種が運ばれたという。その後、昼夜の気温差がある土地に合った漬け菜として育てられて定着したようだ。
飛騨の赤かぶと姿は似ているが、野沢菜や羽広菜と同じグループとの研究結果がある。また木曽の「すんき漬け」に使われる赤かぶ(王滝、開田、三岳黒瀬、細島、吉野、芦島)とも姿が似ている。木曽では、葉茎をすんき漬けに、カブを甘酢漬けにする。
稲核地区105世帯のうち、74軒が稲核菜生産者組合に加入しているが、ほとんどが自家用で、「風穴の里」に出荷しているのは15軒ほど。道の駅で浅漬けや本漬けを販売するようになってから年間16トン必要になり、数年前から松本や安曇野の農家に栽培
を委託している。
「アブラナ科は交配しやすいので、種の保存は
稲核では、稲核菜以外の漬け菜を栽培してはいけない約束事があるそうだ。例えば野沢菜が近くにあると交配して野沢菜の特徴が出てしまうので、集落を巡回して稲核菜以外のものがあったら摘んでしまう係がいるという。
また稲核地区には山の斜面から冷たい空気が吹き出る場所があり、そこに横穴を掘って内部に石を積んだ「風穴」が残されている。真夏でも5〜8度と冷たく、ここに
漬物の桶を置くと、夏まで保存できるそうだ。
この風穴は稲核地区だけにしかなく、家庭用のものが複数残されている。蔵造りの
大きな風穴を所有している家では、江戸の終わりから大正時代にかけて、養蚕用の種(卵)を預かる事業をしていた。通常は春に孵化するが、風穴で保管して秋に出荷すると、年間を通して養蚕ができるため、各地から蚕の種が運ばれてきた。
稲核菜は何度か霜に当てたあと、11月中旬に収穫する。畑で葉とかぶを切り離し、葉は束ねて、かぶはひげ根を切り落として形を整える。収穫した稲核菜は集落内にある共同水場を利用して、お湯で汚れを落としたあと、水で洗う。
漬ける前に、洗った葉を日陰に立てかけたり、竿に掛けたりして、2日くらい置いておく。少ししんなりさせることで、漬け込み時に折れてしまうのを防ぐようだ。
桶に葉を並べて塩を振り、交互に重ねていく。塩分は菜10kgに対して塩300gが目安。風味づけに唐辛子を少し加える。中ぶたをして重しをして1〜2日置き、水が上がってきたら重しを軽くする。その状態で10〜20日間(しっかり漬け込む場合は30日間くらい)漬けると食べられる。
一方のかぶ漬けは、かぶ10kgに対して塩300g、ザラメ砂糖750g、食酢400mlが目安。よく洗ったかぶを3日くらい陰干しし
て、かぶと塩とザラメを交互に重ねて、最後に食酢をふり入れる。重しをして一晩置き、水が上がってきたら重しを軽くする。2〜3日おきに上下が入れ替わるくらい手でかき混ぜ、20〜25
日で完成。
かぶ漬けは、漬け込む最後に米ぬかをひと握り振り入れると風味がよくなるそうだ。
野沢菜と比べると、繊維質が多くて歯応えの具にも使われる。かぶのほうは甘味があって柔らかい。
稲核からさらに野麦街道を進むと、松本市奈川地区(旧南安曇郡奈川村)に出る。保平集落を中心に、稲核菜と同じ「信州伝統野菜」に認定された保平かぶが作られている。
木曽の赤かぶと形は似ているものの、かぶの色素が異なる。飛騨かぶや保平かぶは鮮やかな紅色なのに対して、木曽のかぶはうっすらとした赤紫色。木曽の細島かぶと形が似ているので、飛騨の赤かぶと細島かぶが交配したのかもしれない。飛騨の赤かぶと同じように肉質が柔らかく、そのうえ歯ごたえがある。辛みが少なくて甘みも強い。
元々自家用で栽培されていた保平かぶを、地元の「奈川山菜」が十数年前に甘酢漬けにして売り出した。奥原宏幸社長は言う。
「保平かぶは、収穫時期が10月下旬〜11月初旬のものがいちばん品質がよく、保存の効く酢漬けにすることにより、安定して販売できます。現在は約30トンのかぶを商品化しています」
以前は塩漬けが一般的だったが、時間が経つとべっ甲色になってしまうので、色がきれいに出る甘酢漬けが好まれ、家庭でも甘酢で漬けるようになったようだ。
かぶは約5mm厚の一口サイズに切って洗い、塩分濃度3%で一晩漬ける。そのあとに食酢と砂糖で漬け込むと、2〜3日できれいな紅色になる。着色料を使
っていないのに、白かった内側まで赤く染まっている。
以前は葉も漬物にしていたようだが、かぶの実を大きく育てると葉が硬くなってしまう点と、周囲にあるカラマツの葉が茎の間に入り込んでしまうので、今はかぶの実しか漬けていない。
数年前から信州大学が保平かぶを研究していて、地区によっては背丈が長く、肉質が違うかぶもあり、栽培している家庭ごとに微妙に違っていた。5月過ぎに行なった調査では、採種用の
花が咲いている畑が150か所以上あったという。伝統野菜を受け継いでいる地域でも、これだけの畑で自家採種している例は少ない。
収穫した保平かぶをよく見ると、稲核菜と似ている姿形のものもある。それはまるで、多くの人が行き来した野麦街道の当時の様子を見るようだった。