全国漬物探訪

各地で伝え育まれてきた漬物を訪ね歩く

東海漬物

第51回 岡山編

取材時期:2023年11月

ダムの完成により一度は集落とともに消えかけた野菜がある。岡山県真 庭市の二川(ふたかわ)地域でしか栽培されていない『土居分小菜(ど いぶんこな)』だ。今は、漬物はおろか野菜そのものも一般には流通して いない、❝幻の伝統野菜❞である。そんな消滅の危機にあった土居分小 菜を復活させようという動きが、小学校の畑から地域の方々へ輪を広げ ている。地域の郷土野菜を大切にする人々に、『土居分小菜』への想い や取り組みについてうかがった。

漬物に向いた漬け菜として、江⼾時代から地域の⾷を⽀えた『⼟居分⼩菜』

ダムに沈んだ集落で江戸時代から食を支えてきた伝統野菜

土居分小菜の歴史は古く、江戸時代から栽培されてきた。その発祥の地は、鳥取県との県境に近い 真庭市北部の、二川地域黒杭(くろくい)地区土居分(どいぶん)集落とされている。同集落は、郵便局や農協、駐在所などもある比較的大きな集落だっ たが、昭和30年(1955年)の湯原ダム完成に伴い大部分が水没し、住人の多くが他の地域に移ることとなった。それまで土居分小菜は、集落の人であれば誰でも収穫でき、他の野菜が少ない寒い時期に雪の下でも育つ、貴重な葉物野菜だったという。

このように、二川地域の歴史や文化と密接に結びついてきた伝統野菜『土居分小菜』だが、一度は消えかけたものをなぜ再び復活させることになったのだろうか。その経緯について、同地域の活性化や福祉事業の推進組織として平成22年(2010年)に発足した『二川ふれあい地域づくり委員会』会長の遠藤正明さんと、副会長の小林正子さんにお話をうかがった。

「ダムが出来て、集落とともに土居分小菜も途絶えていたかと思われましたが、黒杭地区の他の集落などに自種を大切に持っていた人たちがいて、 自家用での栽培は脈々と引き継がれていました。二川地域の活性化のため特産品になるものをつくろうとなった際に、黒杭の人たちに承諾を得て、土居分小菜に白羽の矢が立ちました」

その背景には、地域住民の自然発生的な活動もあっ た。「地域のおじいちゃん、おばあちゃんたちが、昔から二川の地に受け継がれてきた土居分小菜を子どもたちに伝えたいと、種を分けてあげたのです」子どもたちは小学校の畑に種をまき、お世話をしてその成長を見守るこ とで、地域の歴史を学ぶきっかけになったという。

周辺に古墳も点在する歴史ある⼆川地域

周辺に古墳も点在する歴史ある⼆川地域

⼆川ふれあい地域づくり委員会 会⻑の遠藤さん(右)と副会⻑の⼩林さん(左)

⼆川ふれあい地域づくり委員会 会⻑の遠藤さん(右)と副会⻑の⼩林さん(左)

収穫は春と秋の2回。県北部の気候風土に育まれた漬け菜

土居分小菜は、どのように作られているのだろうか。遠藤さんの約10アールほどの畑におじゃま した。遠藤さんは土居分小菜のほか、米づくりなども営むベテラン農家だ。取材に伺った数日前に は雪が降るほど冷え込んだが、この日は晴れて暖かく、のびのびと葉を茂らせる土居分小菜は青空に映え、自然の豊かさと生命力が感じられた。

土居分小菜の収穫は年2回、春の4月から5月にかけてと、秋の10月後半から11月後半にかけて行われる。種をまいてから約1か月から1か月半で50cmほどに成長する。「春に収穫するものは、一度雪でぺちゃんこになるのですが、春になるときれいな花が咲くんです。雪の下で春を迎え❝とう❞が立った部分も柔 らかくて美味しいんですよ。春先は虫が多いけど、秋は虫がつきにくいので育てやすいです」と遠藤さん。

⻘々と葉を茂らせる美しい畑

⻘々と葉を茂らせる美しい畑

季節によって野菜のうまみなども変化し、漬物にしたときの味も変わるそうだ。

土居分小菜は暑さに弱いが、それ以外は比較的育てやすいという。「もともと自生していたくらいですからね。ここの気候風 土に合った野菜なのでしょう」❝晴れの国おかやま❞といわれるように、岡山県の平均降水量は際立って少ない。しかし鳥取との県境近くに位置する二川地域の気候は、雨の多い山陰地方と岡山県の南側の地域との中間くらいで、その独特の気候風土が、土居分小菜を育んできた。

葉は小松菜に似ているものの、茎が長く柔らかい。生でも食べられるが、少し辛みもあることから、漬物に向いた『漬け菜』として重宝されてきた。

⼟居分⼩菜は⼩松菜に似ているが、柔らかく少し苦みや⾟みがあるのが特徴

⼟居分⼩菜は⼩松菜に似ているが、柔らかく少し苦みや⾟みがあるのが特徴

使うのは塩のみ。究極にシンプルな青菜漬け

収穫した土居分小菜で、遠藤さんに塩漬けを作っていただいた。洗った土居分小菜は切らずにそのまま樽に沿わせ、重量の3〜4%の塩を振りながら茎の太い部分が重ならないように並べていく。重しをして一昼夜から2日間ほど漬ければ、浅漬けの完成だ。樽にそのまま漬けておけば古漬けとなり、長期間もつ。下漬けなどをする必要がないのは、柔らかく水分の多い土居分小菜ならでは、なのかもしれない。昔から塩のみで漬けるのが一般的だが、今は昆布や鷹の爪などを入れて作る家庭もあるそうだ。

材料を樽に沿わせながら敷き詰め、塩をふり、ぎゅっと抑えながら、茎の太い部分が重ならないようにして重ねていく

材料を樽に沿わせながら敷き詰め、塩をふり、ぎゅっと抑えながら、茎の太い部分が重ならないようにして重ねていく

出来上がった『土居分小菜の塩漬け』は、食べる前に揉むとさらに色鮮やかになる。しゃきしゃきした食感は、ほのかな苦みがあることで青菜漬けらしい爽やかさがある。「小松菜や野沢菜などと比べて❝しわくない❞(❝しわい❞とは中国地方の方言で筋ばって固いこと)んですよ」そんな、茎も柔らかい土居分小菜はそのま ま刻んでごはんと供に、またごはんにまぜ込んだ菜めしにしてもシンプルでとても美味しい。 少し日にちが経ったものは炒め ものや、おやきの具にしても合う。

漬け上がった⼟居分⼩菜

漬け上がった⼟居分⼩菜

塩漬けした葉は、揉むとより⾊鮮やかになる

塩漬けした葉は、揉むとより⾊鮮やかになる

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子どもたちの想いから広がった『土居分小菜』の輪

二川小学校の廃校が決まったときに、児童たちが小学校の地域交流事業で、「お世話になった地域住民の方々へ何かお礼がしたい」と、土居分小菜を使ったお菓子を作り、たいへん喜ばれたそうだ。平成30年(2018 年)には、そんな子どもたちの温かい想いに共感した子育て世代のお母さんたちが集まり『どいぶんのこころ』 が発足した。同グループでは、地元の伝統食をもっと知 ってほしいと、パウンドケーキを中心に土居分小菜を使 ったアレンジレシピを広めるべく奮闘している。

「主に地域のイベントで、土居分小菜を使ったメニューを提供しています。ケーキに使うにはそ のままでは水分が多いので、試行錯誤して今は土居分小菜をパウダー状にして生地に練りこむことでうまくできるようになりました」と語ってくれたのは、『どいぶんのこころ』メンバーのひとりで、二川地域集落支援員の稲田恵子さん。さらに家庭での食べ方を 広げるべく、料理研究家の方と共同で様々なレシピ開発を進めているという。

平成31年(2019年)に廃校となった二川小学校の校舎は、現 在『二川みらいづくりセンター』として、地域住民の交流の場とな っており、約10万冊の蔵書を誇る『ふるいち二川マンガ館』も併 設されている。マルシェやワークショップなどのイベントも定期的 に開催されており、土居分小菜を使った料理もふるまわれている。

⼟居分⼩菜を使ったアレンジ料理(奥から時計回りに: スープ、ホットドッグ、コ ロッケ、おにぎり)

⼟居分⼩菜を使ったアレンジ料理(奥から時計回りに: スープ、ホットドッグ、コ ロッケ、おにぎり)

⽔分の多い⼟居分⼩菜は、パウダー状にすることでお菓⼦に使いやすくなった

⽔分の多い⼟居分⼩菜は、パウダー状にすることでお菓⼦に使いやすくなった

郷土に根付いた『土居分小菜』の魅力を次世代につなぐ

ダムが完成する前は多くの家で育てられてきた土居分小菜だが、今では生産者も黒杭地区を含めて10軒ほどだという。地域で愛され、住民によって守り継がれてきた土居分小菜も、高齢化などによりその存続が危ぶまれていることは否めないだろう。真庭市湯原振興局 地域振興課 主幹の佐山布久江さんに、土居分小菜の今後の展望についてうかがった。

「もともとは地域の方々が主体となってさまざまな取り組みをされていたのですが、真庭市として の本格的な支援が始まったのは令和4年(2022年)からです。以前は土居分小菜を使った漬物やキムチなどを旅館に卸したり、パック詰めにした漬物を道の駅で販売したりと、地域の皆さんでこつ こつと取り組んできたのですが、コロナ禍によって多くが停滞してしまいました」

二川地域の周辺には、川底からお湯が湧き出る天然の大露天風呂「砂湯」で有名な湯原温泉郷や、西の軽井沢ともいわれる蒜山(ひるぜん)高原など、魅力的な観光地がある。地元の野菜を販売する道の駅などは、休日には駐車場がいっぱいになるほどの人気ぶりだという。

普段の⾷卓では、⾷べやすいよう細かく刻む

普段の⾷卓では、⾷べやすいよう細かく刻む

現在は観光客が戻り、旅館から土居分小菜の漬物を 出したいという引き合いもあるというが、現状では、 HACCP(ハサップ)の制度化対応や、何より漬けられる人が少ないことが課題だという。「周辺の野菜直売所で土居分小菜を試験的に販売することを考えています。 まずは葉物から家庭での漬物や料理が広がっていけばいいなと思います」貴重な品種を守るため、若い人に種を植えてもらう取組みも始めているという。

「土居分小菜は、二川地域の郷土に根付く伝統野菜であり、栄養価も高くて育てやすい魅力的な野菜なんです。守り続けてきた種をこれからも地域で引継ぎ、大切にしていきたい想いが強くあります」と佐山さん。今後も土居分小菜を、そして『漬物』の文化を守り継ぐ取組みを進めていきたいと、みなさんの想いは❝みらい❞を向いている。

廃校となった⼆川⼩学校の校舎は、現在はみらいづくりセンターとして地域の交流の場となっている

廃校となった⼆川⼩学校の校舎は、現在はみらいづくりセンターとして地域の交流の場となっている

左から 稲⽥さん、⼩林さん、遠藤さん、佐⼭さん

左から 稲⽥さん、⼩林さん、遠藤さん、佐⼭さん

※取材記事は漬物文化の啓発活動であり、販売目的ではございません。
そのため、連絡先の掲載は差し控えさせていただいておりますこと、ご理解並びにご了承くださいませ。

※掲載内容は取材時の情報です。

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