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全国漬物探訪

第46回 奈良県

『日本書紀』によると日本建国の地とされ、710年には平城京の遷都により、日本の都となった奈良。また絢爛豪華な天平文化や仏教など、奈良時代に花開いた文化も多く、まさに“はじまりの地”と言える奈良には、発祥と言われる食材も数多く存在している。今回は、その名を冠する「奈良漬」と、「大和野菜」を中心に、奈良に息づく食文化の歴史をひも解いてみよう。

新鮮な瓜と未熟成の酒粕の味わいが魅力の夏季限定の「新漬瓜」。冷やすことで一層美味しさが増し、冷酒やそうめんにも合うという

発祥の地で日本酒とともに伝統を紡いできた「奈良漬」

 奈良と言えば、“東大寺の大仏”を思い浮かべる方も多いのではないだろうか。7月上旬、梅雨の晴れ間に恵まれたこの日、大勢の観光客と鹿で賑わう東大寺南大門前にある「森奈良漬店」を訪れた。店頭には、定番商品である瓜の奈良漬をはじめ、奈良県の伝統野菜にも指定されている大和三尺きゅうりのほか、セロリ、すもも、すいかといった奈良漬が並んでいた。

 森奈良漬店は、明治2年(1869年)創業、今年で150年を迎える老舗。創業時には東大寺の境内に店を構え、明治天皇の御成婚二十五年の際には同店の奈良漬献上されたという、由緒ある名店だ。その四代目であり、現在は会長を務める森茂さんにお話を伺った。

 奈良漬は、熟成させた酒粕に塩漬けした野菜を漬け込んで作られる漬物である

 奈良市は日本酒発祥の地のひとつであるといわれており、約1300年前、平城京の朝廷内で米だけを原材料にした酒造りが始まったとされる。平安時代末期には、地方の有力な寺や神社で酒造りが行われるようになり、そのなかでも品質の高さを誇っていた奈良の正暦寺の製法が日本全国の社寺に広がり、今日の製造工程の原型として受け継がれているという。奈良は酒造りの歴史とも縁の深い場所なのである。

 奈良漬も、奈良時代には「瓜を粕に漬けた」という文献が残っており、日本酒とともに奈良の地で作られ続けてきたと考えられる。

創業150年の森奈良漬店。戦時中、東大寺の境内にあった店舗を現在の地に移転したという、歴史ある建物。

創業150年の森奈良漬店。戦時中、東大寺の境内にあった店舗を現在の地に移転したという、歴史ある建物。

店頭には定番の瓜から季節に合わせた漬種が並ぶ。

店頭には定番の瓜から季節に合わせた漬種が並ぶ。

酒粕の熟成から漬け込みまで、こだわりの手仕事を貫く

 奈良漬は、いくつもの工程と時間をかけて丹精込めて作られる。森奈良漬店で使用するのは、酒粕と塩のみで、調味料や添加物は一切使っていない。また素材となる漬種(つけくさ)と酒粕づくり以外、すべての工程を自社で行っている。

 まずは酒粕の仕込みから。日本酒の仕込みを終えた酒造メーカーから仕入れた板状の酒粕を、直径2m、高さ2mの巨大なタンクにばらして敷き詰め、空気の層をなくすように2~3人の職人が丹念に踏み込んでいく。空気の層を抜くことで酒粕が発酵し、デンプンが糖に変わり、そして糖からアルコールになっていく。これをタンクいっぱいに繰り返し、5~6ヶ月熟成させると、奈良漬に使用できる状態になる。森奈良漬店では土用(7月20日前後)まで熟成させるという。

 奈良漬の代表的な漬種である瓜は、徳島県板野産の「アワミドリ」という品種を使用。皮は柔らかくて実が厚く、奈良漬向きの瓜だという。入荷後すぐに、たっぷりの塩で塩漬けに。1日置いたものをさらに塩で本漬けしたのち、奈良漬の工程に入っていく。

 漬け込みには、「下漬・中漬・上漬・本漬」と、いくつもの工程を経る。酒粕に何度も漬け替えることで塩漬けされた素材の塩分が脱塩され、味が入っていくという。 最初は30%ほどの塩度が、 最終的には2.5~3%程度になるという。この塩度も、その年の気候によって美味しく感じる塩加減が変わるため、その都度調整していくそうだ。各工程で酒粕を変え、気候や素材、酒粕の状態に合わせて漬け込み期間を見極めながら、作業を繰り返していく。味わい深く、風味豊かな奈良漬は作物の収穫から1~2年かけてようやく完成する。

巨大なタンクには、踏み込みを終えた酒粕が。じっくりと熟成しながら、漬け込みの時を待っている。

巨大なタンクには、踏み込みを終えた酒粕が。じっくりと熟成しながら、漬け込みの時を待っている。

熟成の進んだ酒粕で何度も漬けられた奈良漬は、色も濃く香りもまろやか。細かく刻んでおにぎりの具にしたり、チーズと合わせてワインと合わせるのもおすすめ。(左:瓜 奥:大和三尺きゅうり 手前:瓜のきざみ漬け)

熟成の進んだ酒粕で何度も漬けられた奈良漬は、色も濃く香りもまろやか。細かく刻んでおにぎりの具にしたり、チーズと合わせてワインと合わせるのもおすすめ。(左:瓜 奥:大和三尺きゅうり 手前:瓜のきざみ漬け)

その年の瓜と酒粕でつくる、夏季限定の「新漬瓜」

 このように、職人の手間と長い時間をかけて作られる奈良漬だが、この日仕込まれていたのは「新漬瓜」。はじめて耳にする名前だったが、それもそのはず。森家に代々伝わってきた漬物だという。

 「新漬瓜は、8月のお盆にご先祖様をお迎えするときに、『今年取れた瓜と、今年の酒粕で漬けて、今年はこんな味でできましたよ』とお供えするために、明治時代に二代目が作り始めたものです。『今年も美味しく仕上がりますように』という願いも込めてね」

 内々に作ってきたものが次第に口コミで広まり、今では期間限定商品として販売している。季節柄、お中元によく使われているそうだ。

 この新漬瓜は、土用まで置かない未熟成の新粕を使用し、短期間で漬け込まれる。通常の奈良漬に使う熟成された酒粕と比べると、その差は歴然。色も白く、酒の香りも強い。味も酒ならではの苦みが強くとんがっていて、まさに“若さ”を感じる味わい。「新漬瓜は、未熟成の味を楽しむのが醍醐味。酒粕は土用を過ぎるとどんどん熟成されて味が変わってしまうので、この味を楽しめる期間はとても短い」と森さんは言う。

 その年の初夏から漬け込み始め、1ヶ月ほどで完成する新漬瓜は、通常の奈良漬に比べて漬け替えの回数も少ない。未熟成の酒粕は繊細なため、あまり漬け替えると瓜の香りなどのバランスが崩れてしまうからだそう。それだけに、期間が短いとはいえ、気の抜けない作業が求められる。

 お話を伺った森茂さんは、現在66歳。大学を卒業し素材メーカーで商品開発などに携わった後、26歳で森奈良漬店に入社。四代目として伝統の味を守り続けてきた。150年にもわたり代々受け継がれてきた奈良漬への思いは、五代目となる娘の麻理子さんに引き継がれている。

 「この仕事は年に一回の漬け込みだから、10年やってもまだ未熟なんだと、よく言われました。瓜も酒粕も、その年の天候によって状態が違う。年に一回しか経験できないことがたくさんあるから、それは10回しかやっていないことになるでしょう」と茂さん。

 毎年同じ作業と工程を経れば、必ず同じものができるわけではないのが、この仕事の難しさ。茂さんの父親である三代目は、毎日の天気予報はもちろん、長期予報もチェックし、その年の原材料の状態を予測しながら、漬け方を日々考えていたという。

 「親父が言っていたのは、『手間暇をかけても良いものをつくれ』ということ。『人は一度食べて美味しいと思っても、次食べるときに同じ味のレベルだったら、美味しいと言わない。だからずっと人を喜ばせるためには、常にさらに上のものを作れ』とよく言われました。奈良漬は、日本を代表する伝統的な漬物であり、食文化を語る上でも重要なものだと考えています。だからこそ、古くから伝わる伝統的な形で作り続けていきたい。そして私たちが作ったものが、日本だけでなく、外国の方にも美味しいと喜ばれて、『買って良かった、また来よう』と思ってもらえるように、一生懸命やるだけですね」

 伝統を守ることは、その味を守ること。しかし、食べてくれる人々が喜び、また食べたいと思うこと、それがなにより、伝統をつないでいく上で大切なことなのだ。森家に脈々と受け継がれてきた奈良漬への思いは、50年、100年先と、日本の文化と伝統をつなげていくことだろう。

上:奈良漬に適しているという徳島県板野産の瓜。2回の塩漬けを終え漬け込みへ。<br />
下左:今年踏み込んだ酒粕で塩漬けした瓜を漬け込む。<br />
下右:瓜のくぼみに酒粕を詰めて樽にすき間なく並べ、さらに上に酒粕を敷き詰める。

上:奈良漬に適しているという徳島県板野産の瓜。2回の塩漬けを終え漬け込みへ。
下左:今年踏み込んだ酒粕で塩漬けした瓜を漬け込む。
下右:瓜のくぼみに酒粕を詰めて樽にすき間なく並べ、さらに上に酒粕を敷き詰める。

「伝統を守りつつ、常に良いものを作り続けたい」と語る四代目の森茂さん。

「伝統を守りつつ、常に良いものを作り続けたい」と語る四代目の森茂さん。

より良いものを作り続けることが伝統を守ること

 森奈良漬店の奈良漬づくりを支えているのが、上質な酒粕。その酒粕にも並々ならぬこだわりが込められているのではないかと考え、仕入れ先のひとつである「奈良豊澤酒造」の五代目、豊澤孝彦社長にお話を伺った。

 同社は、明治元年(1868年)創業、奈良市で150年以上にわたり酒造りを続ける老舗であり、奈良県内屈指の日本酒生産量を誇る蔵元でもある。奇しくも森奈良漬店と同時期の創業で、奈良に根付いた伝統のものづくりを続ける老舗同士の付き合いは、かれこれ30年ほどになるという。

 奈良豊澤酒造の日本酒造りにおけるこだわりは、「品質に影響が出る部分は、徹底的に手作業にこだわる」ということ。

 「機械でやった方が均一、かつ短時間でできる作業については機械化していますが、一方で、日本酒の品質を左右する一番の心臓部分である『麹(こうじ)造り』については、徹底的に杜氏による手作業にこだわっています。また吟醸酒や大吟醸といった高級酒、香りの高いお酒については、最終的な搾りの作業では『袋搾り』という、昔ながらの酒袋を使っています。」

 醪(もろみ)を酒粕と清酒に分離する搾りの作業は、搾るタイミングや外気温、圧力、押し具合によって酒の品質、酒粕の品質にも影響が出てくるという、味を左右する大切な工程。せっかく順調に醪を発酵させても、最後の搾りでガラッと品質が変わるため、非常に繊細で、 経験や技術が求められる部分のひとつだという。圧搾機のプレスでは搾りすぎてしまうため、吟醸酒や大吟醸などの繊細な味わいや高い香りを有する醪については、極力圧力を掛けずに搾って、良い部分だけを商品にするという。

奈良で創業151年を迎える老舗「奈良豊澤酒造」。

奈良で創業151年を迎える老舗「奈良豊澤酒造」。

五代目の豊澤孝彦社長。杜氏の手仕事にこだわった伝統の酒造りとともに、日本酒の普及にも力を入れている。

五代目の豊澤孝彦社長。杜氏の手仕事にこだわった伝統の酒造りとともに、日本酒の普及にも力を入れている。

 「昔は職人の腕や経験値がものすごく重要だった。今は発酵タンクに冷媒機能が付いていて、温度が上がりそうになったら急冷できるなど、事細かに温度管理ができるが、やはり相手は生き物です。なぜ同じ材料、同じ工程、同じ条件で造っても味が変わるかというと、麹菌と酵母菌という微生物を相手にしているから。昨日まで順調に発酵していても、急に発酵が旺盛になったり、へたったりする。それを元に戻せるのは、やはり人間なんです」

 奈良豊澤酒造でも機械化を進めているが、それは長年にわたり酒造りに携わってきたベテランの杜氏に叩き込まれてきた、手作りの基礎があるからこそだという。

 ところで、この酒袋で搾った酒粕は「奈良漬にはあまり向かない」と話す豊澤さん。

 「酒袋で搾った酒粕は、とても柔らかく、香りも高いので良いように思えますが、あまり精米してない普通酒や純米酒の方が、固さも適度にあり、米のうまみがたくさん残っているため、漬物や粕汁には向いているのです」

 奈良漬用に出荷する酒粕の米は、基本的に国産の一等米以上としているが、その年によって酒粕の状態も変わる。それを見極め、奈良漬に最適な状態に熟成させるのが、腕の見せどころだろう。

 「材料の善し悪しだけではない。そこにものづくりの面白さであり難しさがある。今は美味しいだけでは売れない時代。蔵のストーリーや背景、こだわりにも共感してもらえるよう、付加価値の追求をして行きたいですね」と語る豊澤さんは、日本酒の普及にも力を入れている。創業当時に使用していた酒蔵をリノベーションしてホテルにしたり、アンテナショップや直営の立ち飲み店をオープンするなど、様々なアプローチで消費者に日本酒の魅力を伝えている。

 「森奈良漬店さんは、大量生産はしていないが、とてもこだわりのある奈良漬を作っている。酒粕の踏み込みから、通常は産地で行うことが多い瓜の塩漬けまで、自分のところで全部やっておられます」

 職人が長年培ってきた経験と勘がものをいうものづくりにこだわり続けてきたもの同志、相通ずるものがあるのかもしれない。伝統の製法を守りながらも、常に「さらに良いものを作りたい」という思いは、その先に続く未来をも見据えている。

手作業で行われる「袋搾り」は杜氏の経験と技がものをいう大事な工程。(写真提供:奈良豊澤酒造)

手作業で行われる「袋搾り」は杜氏の経験と技がものをいう大事な工程。(写真提供:奈良豊澤酒造)

米のうまみと豊かな香りが詰まった酒粕から、こだわりの奈良漬が生まれる。(写真提供:奈良豊澤酒造)

米のうまみと豊かな香りが詰まった酒粕から、こだわりの奈良漬が生まれる。(写真提供:奈良豊澤酒造)

野菜にも歴史あり。地域の人々が守り継いできた「大和野菜」

 さて、森奈良漬店でも漬種として使用されている「大和三尺きゅうり」。これは奈良県が認定する「大和野菜」のひとつである。奈良漬や日本酒といった、伝統ある食文化の発祥の地、奈良に息づく野菜とは、いったいどんなものなのか。奈良県農林部マーケティング課の濵崎貞弘さんにお話を伺った。

 「大和野菜」には、戦前より奈良県で生産されてきたことが確認されている野菜で、その土地の歴史や文化を受け継いだ独特な栽培方法などにより「味・香り・形態・来歴」などに特徴がある「大和の伝統野菜」と、栽培や収穫、出荷に手間をかけることで、栄養や美味しさを追求した「大和のこだわり野菜」があり、奈良県産ブランドの野菜として全国にPRしている。京野菜や加賀野菜のように、奈良の野菜もブランド化していこうと、平成17年(2005年)から認定を始めた。

 「実は奈良県には、お茶や日本酒、素麺、醤油など、発祥とされるものが多くあります。また温暖な気候で雨も降り、京阪神の大消費地とも近いことから、少量多品目で生産、出荷するという農家のスタイルが伝統的にありました。その代わり突出した出荷量のものは少なく、全国で上位に入るのは柿やお茶ぐらい」

 そこで歴史ある奈良ならではの“伝統野菜”がクローズアップされたという。

 現在、大和の伝統野菜には、「大和まな・祝だいこん・大和丸なす等」の20品目、大和のこだわり野菜には「大和ふとねぎ・香りごぼう・半白きゅうり等」の5品目が認定されている。

奈良県庁から望む豊かな緑とその合間にのぞく興福寺と五重塔

奈良県庁から望む豊かな緑とその合間にのぞく興福寺と五重塔

「大和野菜」の普及に取り組んでいる奈良県農林部の濵崎貞弘さん。

「大和野菜」の普及に取り組んでいる奈良県農林部の濵崎貞弘さん。

 県では、平成20年(2008年)からマーケティング課を立ち上げ、東京などの首都圏を中心に販路開拓に取り組んでいる。都内には、アンテナショップ「奈良まほろば館」や大和野菜など奈良の食材を使った料理を提供するフレンチレストラン「ときのもり」をオープンしたほか、レストランや料亭などで、奈良県産の食材を味わうことができる。

 「首都圏の料理人の方々には、『ほかにない野菜だ』とよく言われます。京野菜のようにすでに知名度があるものでなく、まだほかの人が知らないユニークな食材として大和の伝統野菜に興味を持っていただいてます。食べてもらうと味も好評で、継続的に使っていただいています」

 取り組みをはじめて、県内を中心に徐々に認知度が上がってきているという。直売所や地元のスーパーなどでは地元野菜コーナーが設置されるなど、「大和まな」をはじめとする大和野菜を目にする機会も増えている。また首都圏を中心に、出荷も増えてきているという。

 今後は、奈良県の農業政策とあわせて、需要の掘り起こしを考えていくという濵崎さん。10年、20年後を見据え、大和野菜をはじめとする県内農業をどう盛り上げていこうかと検討中だという。

近年首都圏にも多く出荷されている「大和まな」(左)と、正月の雑煮に欠かせない縁起物の「祝だいこん」(右)<br />
(写真提供:奈良県)

近年首都圏にも多く出荷されている「大和まな」(左)と、正月の雑煮に欠かせない縁起物の「祝だいこん」(右)
(写真提供:奈良県)

今こそ奈良ならではの食文化を大和野菜とともに育てていく

 大和の伝統野菜である「大和丸なす」(以下、丸なす)を栽培している農家、松本孝志さんを訪ねた。奈良県庁から車で30分ほどの山あいに松本さんの畑はある。標高250m、見晴らしの良い緩斜面には、畑や水田が棚田のようになっており、その一画に整然と植えられた苗木には、丸々と太った丸なすが、ツヤツヤと漆黒に輝きながら収穫の時を待っていた。

 松本さんの丸なすは奈良漬にも使用されており、8月まで生食用に直径8~10cmほどの大きな丸なすを出荷したあと、9~10月は漬物用として直径3cmほどの小さい丸なすも出荷しているという。

 もともとは、しいたけを中心に栽培していたという松本さん。しかし中国産が輸入されるようになり、立ち行かなくなってしまう。その時に目を付けたのが、たまたま父親が種を持っていたという、大和丸なすだった。

 「丸なすが奈良の伝統的な野菜であることは意識していました。しかし当時はまだ『大和丸なす』という名前はなく、地名でもある『阪原丸なす』という名前で出していた。当時から丸なすといえばやっぱり京都の『賀茂なす』が有名で、奈良の丸なすというのはなかった。だからせめて“奈良産の丸なす”として出していこうという思いはありました」

 松本さんによると、以前は奈良から出荷された丸なすが、京都で賀茂なすとして扱われていたこともあったという。産地表示が厳しくなり、現在はそういったこともないようだが、当時は賀茂なすというだけで買い取り価格もかなり違ったという。

 しかし、平成17年から奈良県が「大和野菜」として認定し、全国にアピールするようになってからは、地元でもようやく認知されるようになってきた。それにともない、大和野菜を出す料理店も増えてきているという。

 「『大和丸なす』は、艶があり、色も真っ黒で見栄えが良く、味も良い。しかし高級食材のため、やはり出荷先は京都が多く、奈良ではなかなか売れなかった。旬だから丸なすを食べようという食文化もない。だから今は、農家と行政と、料理店や観光業が一緒になって、大和野菜の知名度とともに、食文化も一緒に育てていく時だと思っています。京野菜や加賀野菜のように、観光に来た方に、『こんなに美味しいものがあるんだ』と思ってもらえれば」

接ぎ木で栽培している「大和丸なす」。このとき成っていたのは生食用。

接ぎ木で栽培している「大和丸なす」。このとき成っていたのは生食用。

丸々と育った松本さんの「大和丸なす」。触れるとずっしりとした重みが手に伝わる。

丸々と育った松本さんの「大和丸なす」。触れるとずっしりとした重みが手に伝わる。

 松本さんはこの「大和丸なす」を、自家採種して育てている。この種を残していくためにも、やはり一般家庭や加工業者、料理店などで使ってもらいながら、地域と密着していくことが大事だという。

 「野菜を作るだけでなく、それを使った加工品などを作って残していこうとしているところも多い。奈良漬のように、加工業者と地場野菜(大和野菜)とうまくタイアップできたら残っていけると思っています。丸なすもお中元に使ってくれる人や、リピーターも多い。だから丸なすのレシピを考えて、一緒に梱包して送ったりしています」

 松本さんのおすすめは、丸なすの煮浸し。素揚げして出汁でたくと、冷えても美味しいという。地元では、丸のままレンジで10分加熱して、中身をスプーンですくって味噌やポン酢などで食べる方もいるそうだ。

 松本さんは、平成12年頃に「大和高原野菜研究会」を発足。現在は地元の農家6人で、安心して食べられる野菜を作って供給することを目的に活動している。農薬や化学肥料を減らし、地場産の微生物を活用した循環型農業に取り組んでおり、奈良県から「エコファーマー」の認定も受けている。大和野菜の伝統を守るだけでなく、食の安心安全にも力を注いでいるのである。

 その思いは今、息子さんにも引き継がれている。大和の伝統野菜と食文化は、新しい時代に、新たな歴史を作っていくことだろう。

この道33年の松本孝志さん。大和野菜とともに奈良の食文化の発展にも力を入れている。

この道33年の松本孝志さん。大和野菜とともに奈良の食文化の発展にも力を入れている。

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