全国漬物探訪

各地で伝え育まれてきた漬物を訪ね歩く

東海漬物

第32回 大阪府

取材時期:2014年7月

 水分をたっぷり含んだ「水ナス」は、大阪の泉州地方で栽培されている伝統野菜。浅漬かりのぬか漬にすると柔らかく絶品の風味が味わえる。昔から、泉州の外で育てると水ナスは皮の柔らかさや水分が微妙に変わると言われてきた。海岸沿いの水はけのいい畑と、ため池の用水、大阪独特の蒸し暑さが郷土の野菜を育んできた。

手前が「水ナス」で、奥が「馬場なす」
いずれも水分が多いので浅漬かりのぬか漬が合う

泉州の伝統野菜・水ナス

 水ナスは、大阪南部の泉州地域(岸和田市、貝塚市、熊取市、泉佐野市)の伝統野菜で、その名のとおり、水分を多く含んだナスである。一般のナスと比べると、ずんぐりとした丸みがあり、皮が薄くて肉質が柔らかいのが特徴。手で搾ると水が滴り落ちるほどで、アクが少なくて、生で食べるとほんのりとした甘さを感じる。生食できるナスは全国的にも珍しい。

 泉州地域は昔からため池が多く造られて、米づくりに利用されていた。その後の都市化による水田の減少で自由に使える水が増えて、それに合わせて水ナスの栽培地域が広がったという。

左:水ナスはずんぐりと丸い形をしているのが特徴<br />
右:花は、淡い紫色で美しい

左:水ナスはずんぐりと丸い形をしているのが特徴
右:花は、淡い紫色で美しい

 今では日本各地で栽培されているが、泉州の特産品であることを知らない人は意外と多い。産地では「ナス」と言えば水ナスのことを指すほど親しまれている。水ナスは水分が多く、漬物にすると口当たりがいいことから、糠床に漬け込んだ浅漬けや調味液に漬け込んだ漬物として食べられている。

 「私が子どものころは、池で泳いだあとに畑に行って、水ナスをもいでそのまま生でおやつとして食べていました

 そう話すのは、農事組合法人・たわわの南川公宏さん。昔の農家の人も、喉が渇くと水ナスをかじって水分補給をしていたそうだ。収穫した水ナスに爪を立てて割くようにして実を割り、そのままかぶりつけば、ほんのりと甘い水が喉をうるおしてくれる。

「枝や葉を剪定して実の生長に気を使います」と言う、南川さん

「枝や葉を剪定して実の生長に気を使います」と言う、南川さん

関西国際空港の開港で全国へ

 泉州の水ナスは、20年ほど前まで大阪以外ではほとんど知られていなかったそうだ。そのころに栽培されていた在来種の水ナスは、皮の色が淡く、ぬか漬けにすると茶色にくすんでしまう。皮が薄くて痛みやすいので輸送に向かなかったのも普及の妨げになった。

 そして1994年に関西国際空港が開港すると、大阪の土産物として地元の水ナスが注目される。大阪府と漬物業界、生産者が一体となって品種改良が進められ、皮の紫色が濃くなる「絹ナス」が登場。その後、この絹ナスの栽培面積が増えるようになり、「なにわ土産」として水ナスのぬか漬けが全国に普及する。

 水ナスはハウス栽培と露地栽培があり、ハウス栽培の出荷は2月〜8月ごろ。露地栽培は5月〜11月なので、ほぼ一年中食べられる。

 「露地栽培は水やりが大事です。畝の間の通路に水が溜まるようにして、ナスがたっぷり水を吸い込めるようにしています」

左:葉っぱが適度に剪定され、枝がきれいに広がっている畑<br />
右:水ナスの栽培時は、畝の間にたっぷりと水を蓄えておく

左:葉っぱが適度に剪定され、枝がきれいに広がっている畑
右:水ナスの栽培時は、畝の間にたっぷりと水を蓄えておく

南川さんの案内で水ナス畑を見せてもらうと、たしかに通路に水が溜まっている。これだと作業がしにくいのではと思ったら、晴れていても長靴が必須だという。水ナスの皮の色が薄くならないように、周囲の葉を落として日当たりをよくしたり、実が接近しないように枝を剪定している。

「がくの下の色が白い部分は夜の間に成長した部分で、太陽に当たると少しずつ紫色に変色していきます。1日の成長が色の変化分で分かります。15センチくらいの大きさになれば収穫します」

農家はこの部分を「えりまき」と呼び、水ナスが柔らかくてみずみずしい証拠だと胸を張るそうだ。

ナスのへたに見える白い部分は、夜から成長した分で「えりまき」と呼ばれる

ナスのへたに見える白い部分は、夜から成長した分で「えりまき」と呼ばれる

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水ナスの原種といわれる「幻の馬場なす」

 久室町時代に一般常識の教科書として用いられていた『庭訓往来(ていきんおうらい)』には「澤茄子」の記述が見られ、「みつなす」の読みを振ってある。このことから、和泉国日根郡澤村(現・貝塚市澤)が水ナスの発祥地のひとつといわれている。

 澤ナスは泉南地区の田んぼの一画で栽培されてきた在来種のナスだが、泉州地区には村ごとに形状が少しずつ違う在来種があり、それぞれの農家や家庭で受け継がれてきた。同じ貝塚市内の馬場地区で栽培されている「馬場なす」も、原種に近いものと考えられている。

 同じ貝塚市内の馬場地区で栽培されている「馬場なす」も、原種に近いものと考えられている。

 「水ナスと比べると小ぶりで、形も一般のナスに似ています。皮の薄さとたっぷり水分を含んだジューシーな果肉が特徴で、浅漬かりのぬか漬にすると柔らかく絶品の風味が味わえます。生のまま切ってサラダにしてもおいしいですよ。小さいときに収穫すると柔らかいので好きという人もいますね」

 馬場なすは馬場地区でのみ栽培されていて、農産物直売所「いろどりの店」でしか手に入らない。露地栽培の場合、節分のころに種まきをして、4月末に苗を定植する。6月ごろから販売が始まると、目当てのお客さんが次々にやって来る。

 現在、専業で馬場ナスを生産しているのは2名で、接ぎ木苗を作ってハウスで栽培する人もいる。そのほかに個人で栽培しているのが10名くらい。収穫時に色や形のいい実を残して自家採種しており、種は門外不出だという。

馬場なすは水ナスのように丸くなく、一般のナスのように細長い

馬場なすは水ナスのように丸くなく、一般のナスのように細長い

「ぬか漬け」と「じゃこごうこ」

 水なすや馬場ナスは生で食べられるので、水洗いしたあとでへたを包丁で切り落とし、その切り口に2センチほど包丁で切れ目を入れてから手で縦に割くようにして、醤油を付けて食べたり、サラダなどに合える。包丁で切ると鉄分がナスに移ってしまうので、手で割くほうがおいしいそうだ。ハウス栽培の水ナスはさらに皮が柔らかくて食べやすい。

 浅漬かりのぬか漬にする場合塩でもんでからナスにぬかをまぶして小袋にいれる。従来のぬか漬けのように、ぬか床に野菜を漬け込まないのが興味深い。ぬか床に水が出てしまうので、こういう漬け方になったのだろう。

1:ナスのへたを落として、塩もみする<br />
2:配合したぬか床をナスに塗りつける<br />
3:その状態のまま袋に入れて、24〜48時間で食べごろになる

1:ナスのへたを落として、塩もみする
2:配合したぬか床をナスに塗りつける
3:その状態のまま袋に入れて、24〜48時間で食べごろになる

 ぬか床の配合は、米ぬか、塩、昆布、タカノツメで、鉄分を含ませるために古釘を入れる(ミョウバンでも可)。馬場なすは24時間、水ナスは48時間で食べごろになる。3日以上経った馬場なすは古漬けとなり、刻んで塩抜きし、ショウガ、ゴマ、醤油で味つけして食べるとまた違った風味を味わえる。

 もうひとつ、水ナスを使った郷土料理に「じゃこごうこ」がある。これは水ナスの古漬けと海老じゃこを甘辛く炊いたものだが、馬場なすは柔らかいので炊くと柔らかくなりすぎ、かたちが崩れるので、この料理には向かないそうだ。

 泉州地域の一般家庭では普通に食べられていて、水ナスのことを「じゃこなす」と呼ぶ人もいる。大阪湾で採れる海老じゃこ(3〜10センチの小海老)と組み合わせた味は、まさに泉州の「おふくろの味」で、泉南地域の小学校では給食のメニューにもなっているという。

泉州の郷土料理として親しまれている「じゃこごうこ」は、ご飯のおかずにぴったり

泉州の郷土料理として親しまれている「じゃこごうこ」は、ご飯のおかずにぴったり

※取材記事は漬物文化の啓発活動であり、販売目的ではございません。
そのため、連絡先の掲載は差し控えさせていただいておりますこと、ご理解並びにご了承くださいませ。

※掲載内容は取材時の情報です。

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