全国漬物探訪

各地で伝え育まれてきた漬物を訪ね歩く

東海漬物

第24回 愛媛県

取材時期:2011年12月

愛媛県の松山市には、秋に漬け込む真っ赤なカブ漬けがあり、カリッとした歯触りとさわやかな風味が親しまれている。松山出身の正岡子規が好んで食べたといわれる郷土の漬物 だ。そして、江戸時代から続くぬか床を守っている松屋旅館に足を延ばして本物のぬか漬けに出会い、これまでのぬか漬けの概念が逆転してしまうことになった。

松屋旅館に宿泊した人だけが出会える「漬け物御膳」

 松山地方独自の漬物「緋の蕪漬(ひのかぶらづけ)」は、おせち料理には欠かせない食材のひとつで、各家庭で必ず漬けられてきた。また初物の赤色が冴えていると、今年は縁起がよいと喜ぶ風習もある。

「あんまりきれいな赤色なので、人工着色料を使っているとよく言われますが、すべて自然の色なんです。このカブに含まれるアントシアニンという色素が、ダイダイ酢の酸と反応して赤く発色するんです」

今は畑で捨てられてしまう葉も、かつては牛の飼料に伊予緋カブの葉を与えると、乳がよく出ると言われていた

 そう話すのは、松山で「緋の蕪漬」を生産する「漬新」社長の新田修敏さん。白いカブを目の前ですり下ろし、ダイダイ酢をかけて発色させて、疑問を持つ人を納得させたこともある。

 原料に使うカブは「伊予緋カブ」と呼ばれる品種で、そのルーツは380年以上も前に遡る。当時の松山藩主・蒲生忠知が故郷の近江(滋賀県)日野村から取り寄せたとか、「日野かぶら」と呼ばれていたものが、漬物にした時の緋色とかけて「緋のかぶら」に転じたという説があるが、色や形を考慮すると、日野菜よりも飛騨の赤カブに近いと考えられているようだ。

白いカブの中心部分もダイダイ酢の作用で赤く発色するが、気温15度以下の環境で育ったカブでないと色が定着しにくい、まさに「冬の味覚」

伝統野菜を守り、育て、漬物を伝える

 普通の白いカブと比べるとかなり固く、漬物にするしかないようで、自家用に栽培している人がほとんどだった。そしてこのカブの栽培適地は、松山城が見える範囲と言われてきた。

「1957年に緋の蕪漬を製造する会社を両親が創業して、栽培してくれる契約農家を集めるのに父親と奔走しました。現在の契約農家は12軒で、180アールで栽培してもらっています」

 伊予緋カブが生育する適温は15~20度。9月初旬に種をまき、生育期間は70~80日で、11月から収穫が始まる。年間に生産する緋の蕪漬けは約33トン。原料のカブは60~70トンになるそうだ。社長自ら畑に足を運んで栽培状況を確認し、農薬の使用履歴を提出してもらうなどトレーサビリティをしっかり管理している。全量買い上げることによって農家の安定収入をはかり、後継者に育ってもらいたいとの願いもある。

 収穫したカブは新鮮なうちに葉と根を切り落として、一晩水に浸けてアク抜きをする。厚さ5㎜の輪切りにして約1週間かけて塩漬け(下漬け)したあと、ダイダイ酢と砂糖を合わせた中で10日間ほど中漬けを行ない、調味液を加えて袋詰めされる。ダイダイ酢のような柑橘系の果汁を加えるところに愛媛らしさが現れている。

きれいな色で縁起が良いためか、おせち料理には欠かせないそう

きれいな色で縁起が良いためか、おせち料理には欠かせないそう

 好みの大きさに切って食べてもいいし、千切りにしてサラダのトッピングにしたり、刻んでご飯に混ぜてもいい。酸味が苦手な人は、醤油をかけると味がまろやかになって、コクが加わる。数年前からは、1月になると学校給食のメニューにも加わるようになった。

 「今はカブを大きくするので、収穫するころは葉が固くなってしまうので食べませんが、若い葉は柔らかくておいしいんですよ。私たちが緋の蕪漬をやめたら、伊予緋カブを作る人がいなくなるかもしれません。地元で採れた野菜を漬物にして、松山の特産品として伝えていきたいですね」

カブ農家の田窪さん。「愛媛産には愛がある」という背中の文字が誇らし気だ

カブ農家の田窪さん。「愛媛産には愛がある」という背中の文字が誇らし気だ

江戸時代から続く“本物”のぬか漬け

 松山市から車で1時間半ほど離れた西予市宇和町に、江戸時代から続く老舗「松屋旅館」がある。かつて宇和島街道の宿場町として栄えた卯之町地区には、江戸中期から昭和初期の商家が立ち並ぶ。

 松屋旅館の自慢は、240年以上も前から続くぬか床で漬けた漬物と、六代目女将・大氣洋子さんが作る数々の漬物である。

 夕食の「漬け物御膳」は、塩漬け、味噌漬け、醤油漬け、ぬか漬け、粕漬け、ブレンド漬け等、20種類以上が供される。シンプルな白菜の塩漬けから、数種の床を替えたりいろいろ混ぜて漬けたもの、2~5年かけて何度も漬け直したものまで、その味は多種多様。

「野菜そのものの風味を残しながら漬けるのがポイントなんです。新しい床に漬け直すと、味が濃くならずにコクが出て、何年も経っていると思えないほど新鮮な味になるんです」

 こんなにたくさんの漬物を食べたら、しょっぱさで嫌になるかと思ったのだが、松屋旅館の漬物は塩辛くなく、香りがすごくいい。これまで食べていた漬物のイメージとは、まったく違っていた。

江戸末期から代々続く「松屋旅館」の趣きある佇まい

江戸末期から代々続く「松屋旅館」の趣きある佇まい

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ぬか床から水が出るのが信じられない!?

「私は代々伝えられてきた昔ながらの漬け方をしてるだけなんです。ぬか床から水が出て困るという人がいて、最初は意味がわからなかったんですよ」

 その理由は、ぬか床にする容器の問題だった。昔は木桶が使われていたが、最近は陶器の壺やプラスチック製の保存容器を使う人が多い。木桶に漬け込むと水分が蒸発していくので水が溜まることはなく、ぬか床の塩分は高くなっていく。だから、漬け込む野菜の塩もみも不要。

 もうひとつ、一般のぬか漬けと違うのは塩分濃度。8~10%のところ、15~17%で漬けている。乳酸菌が生きられる塩分濃度の上限が8%程度といわれているので、松屋旅館のぬか床には乳酸菌がいないのかもしれない。

「それから捨て漬けという言葉も、意味がわからなかったんです。最初にクズ野菜をたくさん漬けて、それを捨てるって言うんですね。そんなことしたら、余計に床が腐りやすくなるだけです」

「ぬか床は子どもより手がかかるかも」と笑う大氣さん

「ぬか床は子どもより手がかかるかも」と笑う大氣さん

 翌朝、女将さんにぬか床作りを教わった。分量は、ぬか1kgに対して、塩15~17%。このほか、いりこ50g、唐辛子10本、ニンニク1片、ゆずの皮適量。

 上記の材料を混ぜて、少しずつ水を加えて赤ちゃんの耳たぶくらいの柔らかさにする。水道水は湯冷ましにしておく。仕上がったら、木桶の底に鉄の釘を数本入れてから、ぬかを詰める。

 毎日、自分で漬けていると、今日は寒いから時間を長くしようとか、野菜の大きさを変えてみようとか、自然に工夫するようになってくる。ニンジンの漬かりぐあいを基準にして、セロリは同じくらい、大根は早めに、キュウリは長めに漬ける。漬けているうちにぬかが減ってきたら最初の分量の比率のまま追い足す。味がおかしくなったと思ったら、なるべく早めに新しいぬかを多めに加えて様子を見る。

「漬物は子育てと同じです。ぬか床がダメになったとよく聞きますが、ぬか床は生きているので、育ててやればいいんです。一緒に生きていれば、寄り添っていれば、お互いにわかりあえます」

 ぬか床の子育ての手が離れるのは2~3年。5年経ったら一人前で、しばらくほうっとおいても腐らないらしい。

左:漬物名人の女将さんのぬか床レシピは塩分濃度が高めなのが特徴<br />
右:捨て漬けはしない。作りたてのぬか床に朝漬けた野菜が夜には程よく漬かっている

左:漬物名人の女将さんのぬか床レシピは塩分濃度が高めなのが特徴
右:捨て漬けはしない。作りたてのぬか床に朝漬けた野菜が夜には程よく漬かっている

おもてなしの心

「毎日漬けていると、床に漬けた野菜が『もう漬かりましたよ』と教えてくれるのがわかります。ぬかを吸って満タンになった野菜をそのままにしておくと、今度は水分やうまみが床に出てしまいます。だから、ちょうどいいときに出してあげないと」

 真冬だったら30時間、春から初夏は10~12時間、真夏は6時間ほど。お客さんが到着して食事をする時間から逆算して、人数に合わせた分量の野菜をどのタイミングで入れるか、目に見えない気配りがある。

「お客さんが食べる3時間くらい前に漬かる状態にしておいて、あとの3時間はぬか床から出してそのまま置いておくこともあります。そうすると柔らかい味に変わってくるんです」

 ふと「おもてなし」という言葉を思い出した。「もてなす」とは心をこめてお世話をするという意味があり、もうひとつ「表も裏もなくお客さんを歓迎する」という意味がある。お客さんの食事時間に合わせて、野菜ごとにぬか床に入れるタイミングを変え、ちょうどよく漬かったときに提供する女将さんの漬物には、まさに「おもてなしの心」が染み込んでいた。

宿泊客の到着時間に合わせて野菜をぬか床から出しておく、徹底した心遣い

宿泊客の到着時間に合わせて野菜をぬか床から出しておく、徹底した心遣い

※取材記事は漬物文化の啓発活動であり、販売目的ではございません。
そのため、連絡先の掲載は差し控えさせていただいておりますこと、ご理解並びにご了承くださいませ。

※掲載内容は取材時の情報です。

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