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秋田県南東部に広がる横手盆地は県内最大の平地で、国内でも有数の穀倉地帯になっている。米が豊富に収穫できたこともあり、糀を作って味噌を作り、漬物にも利用する文化が発達した。1950年代(昭和30年代)には県南部に100軒を超える糀醸造所があったといわれている。
横手市「食と農からのまちづくりプロジェクト」を担当するマーケティング推進課の西川可奈子さんにお話を伺った。
「横手市は昔から糀漬けなどの漬物をはじめ、味噌・醤油の醸造、甘酒など糀を活かした産業が発達しています。
そんなことから、2004年に『よこて発酵文化研究所』を設立して、発酵を キーワードに町おこしを始めました」
秋田を代表する「いぶりがっこ」は、大根を煙でいぶして乾燥させてから漬けたもので、独特な風味が味わえる漬物だ。『よこて発酵文化研究所』の活動から生まれたいぶりがっこ「黄はだ美人」は、薬木のキハダで色を付けて、漬け込むときに砂糖の代わりに甘酒を使った無添加の商品。さらに、第1回「いぶりんピック」金賞受賞者のレシピを使った「金樽」ブランドを展開している。
2007年に始まった「いぶりんピック」は、無添加のいぶりがっこを競う「クラシカル部門」と、様々な食品をいぶした「フリースタイル部門」がある。伝統のクラシカル部門では、大根の品質、いぶしぐあい、漬け方など、地元の漬物名人が腕をふるう。
「リンゴやサクラなどいぶすときの木の違いで風味が変わりますし、乾燥ぐあいによって食感も違います。独特なしわの付き方や色合いがよく、パリパリとした食感が残って味がいいものが金賞に選ばれますね」
山内地域にある道の駅では、夏の初めごろまで生産者のいぶりがっこがずらりと並ぶそうだが、金賞を受賞した生産者のいぶりがっこは、全国から注文が相次ぐという。
たくあんを作るときは、収穫した大根を天日や風にさらして水分を抜くところから始まる。ところが、大根を収穫する時期の日本海側は晴れ間が少なく、雪が降ることもある。横手市のなかでも内陸側に位置する山内地区は最も雪深く、冬は雪に閉ざされるため、野菜の保存として、昔は家の中の囲炉裏の上に大根を吊るし、薪の熱と煙で干したという。それが、いぶりがっこの始まりだった。
2010年のいぶりんピックで金賞を受賞した東谷(あずまや)久美子さんに、いぶりがっこの作り方を教わった。
2反の畑で栽培している大根は「金樽」で指定された「本宮大根」と「香漬の助」の2種類。収穫した大根は葉を落として水洗いし、10本くらいずつ縄で縛る。家の横にある「いぶし小 屋」にずらりと大根をぶら下げて、ナラや雑木を燃やして3日半〜4日間いぶして乾燥させる。表面がしわしわになって、大根がへの字状に柔らかくなるとちょうどいい。
「火の近くは温度が高いからすぐ乾燥するけど、煙が少ないので色が付かないんです。だから途中で1度だけ位置を移動して、均一にいぶせるようにしています。乾燥しすぎると食べたときのパリパリ感がなくなるので、見極めが難しいですね」
いぶし終わった大根は水洗いをして、すすを落としてから漬け込み作業に入る。
「最初、大根を井げたに漬けてたら、
同じ方向に並べていかないとダメだと言われてやり直しました。基本の漬け方は義母に習い、そのあとは近所の人に聞きながら覚えましたね」
作業を終えたあと、東谷さんが作った漬物をいただく。ナスは、米ぬか・糀・塩・ザラメ・鬼がらし。キュウリは塩と砂糖。大根は糀と塩。きんぴら漬けと呼ばれるものは、いぶりがっこ用のいぶした大根を洗って刻み、醤油とザラメを煮立てたものをかけて漬けたもの。それぞれ味わいが異なり、上品な漬物だった。
横手の平鹿(ひらか)地域で作られている珍しい漬物に「ナスの花ずし」がある。いぶりがっこと並ぶ横手の代表的な漬物で、ナスの青紫色と菊の黄色が組み合わさった見た目がきれいな漬物で、ご飯を使うことから“すし”という名前が付いているようだ。
「花ずしに使うナスも菊も、お米も南蛮(唐辛子)も、全部自家製です」
そう話すのは、ナスの花ずし名人・小林富美子さん。ナスの品種は「梵天丸」と呼ばれる小さな丸ナス。ナスは毎年300本、菊は4間くらいの列で育てている。
夏に収穫したナスは、頭とお尻を切り落として、筒状になった真ん中を使う。ナスの色をきれいに出すため焼きミョウバンを溶かした水にくぐらせ、おからと塩を半々くらいの割合にしたもので下漬けする。
「工場と違って大きな冷蔵庫もないし、寒くなるまでの保管が難しいんです。塩が足りなければ傷んでしまうし、多すぎるとしょっぱくなりすぎるし」
11月に入って菊の花が咲き始めると、いよいよ花ずしの仕込みが始まる。夏に仕込んだ塩漬けのナスを水に浸し、ふくらんできたら押して絞り、もう一度水を入れて絞って塩抜きをする。
ナスの上にのせる材料は、ご飯と糀を2対1で合わせてお湯を加え、炊飯器で一晩保温して柔らかくしておく。もち米を使う人もいるようだが、小林さんは「うるち米のほうがおいしくできる」と言う。ナスの上にこれをのせて、菊の花でふたをして、ひとつずつ樽にきれいに並べて輪切りの唐辛子を飾る。その上に、砂糖とザラメを混ぜたものをかけて、笹の葉を敷いて、同じことを繰り返していく。
「白砂糖だけで作るとべたべたするし、ザラメを加えることで照りが出るんです。塩抜きのぐあいでしょっぱく作ることもできます。半分くらい塩抜きして、あとは砂糖の量で調整します。昔は砂糖が貴重だったので、もっとしょっぱかったようです。もしかしたら塩抜きしないで作っていたのかも」
1段で110個、ひと桶で約1,000個。小林さんは、1シーズンで9,000個漬けるそうだ。寒くなり始めたころ、ストーブを背中に当てながらの夜なべ仕事。保存料や添加物を加えず、材料のほとんどを自分で作っている。